ころなか 意味。 コロナ禍とは|読み方や意味、使い方・「災」との違い・コロナ禍の影響を受けた業界、働き方の変化を解説

コロナ禍とは|読み方や意味、使い方・「災」との違い・コロナ禍の影響を受けた業界、働き方の変化を解説

ころなか 意味

コロナ禍によって多くの尊い人命、健康が害され、いまなお現在進行形でこの未曾有の厄災は続いている。 謎のウイルスという、とんでもなく暴力的な因子によってもたらせられた、とんでもなく暴力的な社会情勢の変化。 その中で僕たちは、 それまでの生活様式を根底から考えなおすことを余儀なくさせられた。 いま生きている人たちが経験したことがないほどの規模のパンデミックという、ずいぶんとアポカリプス的な文字列が突如として僕らに押しつけられた。 「いままで普通にできていた」ことが少しだけできなくなることは、社会的生物にとって思っていた以上のストレスになるらしく、誰も彼も、義士も聖女も、愚図な僕も含めて、等しくどこかイライラしていた。 とくにSNSでは、真偽不明のお話で何かを叩き、真偽不明の噂で誰かを叩き、叩いたのが悪いと叩いた人を叩き、叩いたのが悪いと叩いた人を無関係な人が揶揄していた。 誰もが誰かの尻尾を歯をむき出しにして追いかけまわす。 僕だけでなく、たくさんの人にとってはその現象の方がよほどアポカリプスだったのではないかと思う。 ただ、べつにSNSが悪いなんて話がしたいわけではない。 べつに悪くないじゃないか。 あれはそういうものだ。 ただ、僕が興味深く思っていることは、パンデミックという状況の中、既存のメディアも新興のメディアも 「誰かの心によりそう」という効果はほぼ発揮しなかったのではないか、という点だ。 公共の名のもとに面白ければいいという情報を伝える オールドメディア。 集団知などという怪しげな新興宗教の題目みたいな錦の御旗を掲げる ソーシャルメディア。 その両者とも心に優しくよりそったりはしなかったよね、と。 そう思うのだ。 ただそれは、誰しもがとうに理屈では分かっていたことで。 オールドメディアはもともと世界を正確に切り取る装置ではない。 ソーシャルメディアには返信や拡散などのレスポンス機能がついているが、その時点で個人の承認欲求を満たすための願望器としてのおもちゃになることは、運命づけられていたじゃあないか。 そんなこと子供でも知ってる。 それはときに、 誰かが意図した悪意を容易にファッションにしてしまうし、そこを軸にした イライラの伝達テロのようなものは、いままでも日常的に起こっていた。 たしかに僕たちはソーシャルメディアのない世界にはもう戻れまい。 ただ同時に、コロナ以前のまだ牧歌的に、わずかながらの人間の善意を信じてソーシャルメディアとそこでなにかを発信するインフルエンシャルな人たちを、どこか憧憬のまなざしで眺めていた世界にも戻れない。 僕はとても無力で、その喧騒を眺めながら 「だれかがSNSでしあわせになっているといいな」と、呆けた顔でばくぜんと願うくらいしかできない。 前置きは長くなってしまったが、本題に入ろう。 僕のスマートフォンには沢山のアプリがあり、当然その中にはゲームも数多く収納してあるのだ。 その中でどうしても消せないアプリがある。 一時ものすごく流行ったので、知名度はものすごく高いとは思うのだが、今なおやっている人はどれくらいいるのだろう。 『ひとりぼっち惑星』という名前のアプリなのだ。 これはそのアプリの話だ。 僕とこのアプリは2016年6月に配信されてからの付き合いになるので、もうまる4年の付き合いになる。 このゲームが飽きたら消し、また入れるというアプリのローテーションに入らなった理由は、僕がものすごくこのゲームが好きだからというより(いや、好きは好きなのだが)、 むしろこのゲームで伝わってきた人の気持ちが捨てられないからだ。 このアプリがゲームとしてどんなものだったか、 実はもうとっくに忘れてしまった。 ひとりぼっちの惑星で機械が機械を生産し、それを壊しながらいろいろな機能をアップデートしていくという感じだったと思うが、それがどんな体験だったのかはよく覚えていない。 ただ、このアプリで最後にできること。 それは どこかの誰かにメッセージを送り、どこかの誰かからのメッセージを受け取る、それだけだ。 どこに送るかも指定できなければ、どこから来るかもわからない。 それも1メッセージ受け取るごとに30分弱分の量の資材が必要になるので、そうそうひんぱんにメッセージを受け取ることもできない。 僕はメッセージを送ることはほとんどしないので、ただ僕は空いた時間で多いときで一日一回、少ないときで一月一回。 ただ人のメッセージを、ただただなんとなく見続けている。 まるまる4年のつきあいの内、99%以上はただそれだけをしている。 もともとこの機能は 今のSNSへのカウンターなのだ。 返信できず、ずっと張り付きもできない。 あるのは退廃的な音楽を感じて、ただただ一方通行に行き交うひらがなを眺めるだけ。 「ひとりぼっち」というコンセプトがみごとに結実した優秀なアプリだと思う。 でも、多くの人が最初とびつき、その雰囲気を味わったら満足して立ち去って行った。 ここへきてルール違反かもしれないが、ここで少しこのアプリで流れてくるメッセージをいくつか紹介したいと思った。 ルール違反かもしれない、と言ってはみたものの、これは明確な背信行為だと思う。 でも僕はこのアプリで流れてきた 「人の言葉」というものの感触を、誰かと少しだけ共有したい。 ほんのすこしなので許してください。 ごめんなさい。 文/悲野ヒコ 編集/ishigenn たとえば「僕の」ひとりぼっち惑星にはこんなことばが収納されている。 「はぐるま すぱな けーたい すまほ うまのおもちゃ きしゃのおもちゃ くろでんわ みしん しーぴーゆー しょうじゅう きかんじゅう はぐるま あと なにが あったかな?」 たまにこういう意味不明なメッセージがくると、なんとなくにっこりしてしまう。 もしかしたら深い意味があるのかもしれないけど。 「にりけちりくききをはたはけみにーみひゆむめらりみふゆよふてつゆにちみくひちんけひつけふつこつふこふむねむそねめめそねむまきいちいけひちみぬみをらまなやはちなしまにせにゆゆをふちなきけみゆぬとをゆふゆしちひけよ !てゆひつにみけぬむけふてみぬみり(以下略)」 これくらいになると 「これはひょっとして何かの暗号なのではないだろうか?」とかんぐってしまう。 じじつ、僕はこの文字列の法則性をすくなくとも3時間は必死に考えて、あきらめた。 解読できる人がいれば解読してほしい。 さっぱりわからないし、意味なさそうだけど、意味ありげで好きだ。 でも多分、なにも意味はない。 個人情報のない自己紹介系をしてくれるひとりぼっちさん。 これはかなりスタンダード。 「もしもし きこえていますか? わたしは まいにち おいのり されています まるで かみさま に なったみたい わたしは かみさま そう じぶんに あんじを かけて きょうも すーつ にみをつつんでいます きょうも どこかで かみさま きぶん を あじわいながら しゅうかつ しています しゅうかつ たいへんだけど たのしんでいます ないてい を もらったら かみさま いんたいします それまで わたしは かみさま しゅうかつせい に さちあれ!」 なんというか、あなたのその素敵なセンスが生かせるおしごとが、あなたのことを見つけてくれるととてもうれしい。 「わたしのすむばしょでは よるに かみなりと あめが ざあざあ ふっていました いまでは おだやか あなたの すむばしょではいかがでしょうか? つれづれなる この しきのうぐろうさまを たいせつに したいものですね わたしは かたつむり が だいすき でも いまは なめくじ の ほうが すきだったりします みんなは よく しおかける! しお!! などと はくがいしますが ほんとうは かわいい いきもの なんですよ!!!! つゆ の この きせつ あじさい が いろどり あめ の しめりけのある やさしくて なつかしい におい かたつむりが ちょこんと かおをだす そんな しき ゆたかな この くにが すきです でも むかで は ちょっと いや このまえ さされちゃった あなたも きをつけてね」 僕はムカデという生き物を映像や図鑑でしか知らないのですが、噛むんですね。 あのビジュアルで、しかも噛むとか恐怖しか感じない。 でも僕も熟睡してる時にハチに刺されて死にかけるというなかなかの経験をしているぞ(謎マウンティング)。 実はひとりぼっちの皆さんからはけっこうひんぱんに恋愛系とおぼしきひとりごとも飛び出したりもする。 「ばか ばーか! かぜでよわってるんだから よわねくらいはいてよ りょうりへたくそだし いえまでちょっときょりもあるけど そばにいて かんびょうくらいできるから あんまりだいじょうぶって つよがってわらわないで さみしいよ」 本人に言え。 「じゅうにさい って すごい としのさ だとおもう だから だから まさか すき になってくれるなんて わたしまで すき になってしまうなんて ぜんぜん おもってなくて ほんとうに ほんとうに どうしよう」 12才のねんれい差なんて年を追うごとにたいしたことなくなりますよ。 あなたが上なのか相手が上なのか知りませんが。 かりに相手が12才年上だとして、あなたが100才になれば相手は112才ですよ。 誤差です。 恋愛の最初のどきどきを信じましょう。 頑張って。 ほかにも 「あいしてるってことば、どれくらいの頻度で使いますか?」って内容で持論を語ってくれた医学生の人とか、落ちた時のだめに、飛行機にのる度に 「せんせい」にすきだとメッセージをおくっているだれかさんとか、熱愛と失恋と片思いのひとりぼっちさんたちは、僕がとうに忘れてしまった、 すごく大切だった気持ちを分けてくれる。 意外なことに、好きな歌の歌詞を送ってくれるひともたまにいる。 「(有名アーティストの歌の歌詞)このうたに げんきをもらえて いまでも くじけそうなときにこのうたをききます うたのかし しかそうしんできませんが じゅしんしたあなたが おなじように げんきになってもらえれば うれしいです このかしのようにつらいのも くじけそうでも あなただけではないです いっしょにのりこえていきましょう」 ありがとうございます。 あなたのおかげで僕には好きな歌が一曲増えました。 「ふざけんな! なにが みゅーじっくでい だよ お れ の たんじょうびなんだよ! みんなして ずっと きょくをきいててるくせに おれには うたってくれないんだよ おれは はっぴーばーすでーのきょく それだけが ききたい だけど それだけ きこえない じかんも あまったし おれが じぶんで うたうよ もしも あなたも いっしょに うたってくれたら うれしいな みゅーじっくすたーと!! (某さんの入場で有名な曲) ありがとう」 僕は知らなかったんですが 「みゅーじっくでい」というのは7月の初旬にやっている番組みたいですね。 曲のチョイスがあまりにも秀逸で、僕は夜中に爆笑してしまいました。 なんで誕生日にその曲なんですかね。 ともあれ。 ハッピーバースデー、7月の初旬に生まれたみずしらずのあなた! ひとりぼっちさんが送ってくるメッセージは多種多様だ。 破損した本をセロテープで修繕しないでほしいというお願いを書いていた図書館で働く人。 もうすぐ卒業だし思い出たくさん作りたいという話。 セブンのガトーショコラをやたら推してくる人。 肌荒れ対策の方法を教えてくれた人。 地球上の人類が全員ブリッヂで歩行している夢を教えてくれた人もいた。 もちろん『ひとりぼっち惑星』の 設定に即したロールプレイメッセージを送る人も多い。 ただ、彼らが送ってくるメッセージは常に明るいものばかりではない。 ときには 悔恨や懺悔、現状に対する不満や辛さ。 なかにはとてもとても重い気持ちもある。 「こんにちは とつぜんですが わたしは れずびあん です このことを しっている のは したしいともだちと こいびと それから あなた まわりにも りょうしんにも かみんぐあうと できてません むやみに かみんぐあうとしないのは じぶんとこいびと を まもるためだけど かれしいるの? すきな たいぷは? もしかして きみ れず? かくしごと ばかりな じぶんが ときどき くるしく なります いままで どうせいあい を りゆうに いじめられた ことは ありません そもそも だれも しらないから だけど かなし きもちに なることは いがいと おおいのです たとえば のみかいの せきで げい を ばかにする ことばを きいたとき たとえば こいびと と わたし の なかのよさを つきあってるでしょ? と わらいの ねたに されたとき まさか ほんとに げい や れずびあん が いると おもってないから いえるんだと おもいます じぶんを まもるために かくしている はずが じぶんの くびを しめている だなんて わたしが れずびあんだと かみんぐ あうと したら あなたは は うけいれてく くれますか? そのまえに わたしが わたしを みとめて あげなくては ありのままの じぶんで いることは せけんの ふつうでは ないから わたしが いちばん わたしを みとめられない のです きいてくれて ありがとう さいごまで よんでくれた やさしい あなたが しあわせに すごせますように それでは」 レズビアンの彼女のメッセージはさらに続く。 僕はヘテロなので、あなたの気持ちが分かってあげられるとは言えません。 ただ僕はこれを読んだ時に泣きました。 気持ちが分かるから泣いたのではありません。 あなたの心に沁みついてしまったコモンセンスと、生まれ持った心の性別との間にあるせめぎ合いの気持ち。 恐らく恋人に話せば傷つけてしまうであろう複雑で繊細なその大事な気持ちを、(この)場所にしか落とせなかったという事実にただ悲しくなったのです。 「だれか きこえてますか? わたしも ひとりぼっちに なってしまいました ほんとに こころにぽっかりあなが あくんですね みてるだけで すいこまれそうな すいこまれたほうが らくかなぁ いまのわたしは えいがかんのざせきで じぶんの つまらない きげきの えんどろーるをみてる きぶん まだおわらないのかなぁ そうおもう じぶんが いたりして ちょっと うたっただけで なけてしまったり きけない うたがふえました みれない ないようのえいがも ふえました むかしはすきだった うたでさえ ぜんぶ つくりばなしです きっと そうなんです たぶん だれかに はなしたかった どこにもかけなかった ぐうぜん これがとどいた あなた ごめんなさい としよりの ぐちをきかせてしまって もすこし いきてみます せめて えんどろーるが おわるまでは」 「こんにちは あのね きいてほしいの! まくらえいぎょう するのも けっこう つらいんだぞ! まくらえいぎょうは ちーと みたいに みんないうけど まくらえいぎょうも ひとつの どりょく だと わたしは おもうの わかってもらえないかも しれない けれど つらくない どりょくなんて ない それに わたしは はつたいけんが ちゅうがくせいのとき ごじゅっさいの おじさんからの むりやり の れいぷ だったから いまさら まもるべき ていそう かんねん なんて なにも ないのよ こんなはなしを よませちゃって ごめんなさい でも ありがとう わたしの こころは あなたの おかげで すこし たすかりました ありがとう」 僕はこれらのメッセージで常に心を動かされてはいるが、僕は彼らの気持ちを一ミリも理解できないし、そもそも最初からするつもりもない。 このメッセージを飛ばすことで彼らの気持ちが救われたのかもわからない。 僕はただ誰かが書いた宛先のないことばを、つかまえて、読んで、しまっておくだけなのだから。 でも僕の愚鈍な感性でも、すくなくともこのたくさんのことばたちが誰かの共感を求めていないことだけは理解できるわけで。 だから僕はこう言いたい。 「届きましたよ」と。 「きみたちのことばはまちがいなく誰かに届きましたよ」と。 いまどれくらいの人がこのアプリを使っているのかはわからない。 実は僕以外、全員AIが書いている文章を僕だけが読んでいるのかもしれない。 それはそれでいい。 この距離感でなければ話せないこと。 この距離感でなければ打ち明けられない秘密がひたすら雑に、ひたすら無責任に置いておければ、きっとそれでいいんだと思う。 この世界にあるのはそれだけだ。 しかし、このゲームをやり続けている人にだけわかる、ひとつの特徴的事実がある。 それは、 彼らひとりぼっちさんからのメッセージが、かなりの割合で感謝のことばによって締めくくられているということだ。 「ひさしぶりに また このあぷりを いれてみたけれど まだ これを みてくれるひとが いるかしら この じんこうちのうが あらそうのを ぶひんを あつめるいがいに なにも できない ところとか じゅしんした めっせーじに へんしんできないところとかに むりょくかんと たいはいてきなふんいきを かんじるか やっぱり このげーむ すきだわ いちどはやったけれど すくにみんな あきてしまった ひとのりゅうこくは めまぐるしくて いちいち ながされていたら きっとつかれてしまう だから もう はやりが さっていたとしても わたしは また のんびりやってみるわ こんなぶんしょうで ごめんなさい よんでくれて ありがとう あなたに しあわせが おとずれますように」 これらのことばを見るたびに思うのだ。 人が生きていく。 という当たり前のように始まり、そして終わっていく行為のなか、 「自分のことばが他人に届く」というのは とても特別なできごとなのだと。 それは無意識のなかで日々行われている奇跡なのだと。 彼らの感謝のことばは 「わかってくれる」ではなく 「よんでくれる」ことにかかっている。 僕らはSNSというツールを得て、まるで万能の利器のように無造作に、野放図に、世界にことばを放っているが、もしかすると誰かにことばが届くということがどれだけ特別なことのか、失念してしまってはいないだろうか。 あなたはSNSでしあわせになりましたか。 激しく主張しないと、人のなかにある複雑で繊細な「想い」は「ない」ことになりますか。 僕はSNSで暗い声を垂れ流している人と、『ひとりぼっち惑星』でメッセージを流しているひとりぼっちの人を違う人種だとはみじんも思わない。 むしろ同じだと思う。 同じ人が別のツールを使い、かたほうでたいして興味もない誰かや何かに暗い声を投げつけ、もういっぽうで胸に秘めた優しさとこまやかさをメッセージとして飛ばす。 そんなことは可能性として実にありうることだと思う。 だってSNSのそれは すべてに直接「リアクト」できるツールの構造的宿命だから。 そのことはけっして人が愚かであることを証明はしない。 それぞれが 映し出す「ヒト」の側面が違うということ、 そしてその違いを認識しておくことはもしかしたら大切なことかもしれない、と思っている。 僕らは僕らが普段使っているコミュニケーションのためのツールが人間という多面体のどの側面を映し出しやすいかの洞察が必要で、それはリテラシーを叫ぶ以前の問題だということを考えてみてもいいのではないか。 『ひとりぼっち惑星』は今だからこそただひたすら静かにそう問いかけてくる。 「コロナ禍」というものが奇しくも露呈させた、SNSというものへの信頼が崩壊する以前に戻ることはかなわない。 これからもSNSは誰かを誹謗し、誰かを賞賛し、平等を掲げるポリティカル・コレクトネスの概念で誰かぶったたき、見たくもない政治発言にまみれ、うすら寒い承認欲求にまみれた人の業をもの言わぬ僕らに嫌と言うほど見せつけることだろう。 だけど僕は、 SNSという装置なしで今の時代を生きていけると思わないし、ある程度は好き嫌いに関わらずつきあっていかなければならないものであることも否定できない。 だから僕は人を近くで見続けてしまって、なにかを間違えそうな時にふと 『ひとりぼっち惑星』に逃げ込む。 そんな場所があることが、それだけで救いになる夜もあるのだ。 ちきゅうは きょうもふゆで くらくて さむくて みんな ひとりぼっち だから はろーはろー そうはじまる めっせーじは ぼくを やさしい ねむりに いざなうんです あなたにさちあれ iOS版『ひとりぼっち惑星』はこちらからAndroid版『ひとりぼっち惑星』はこちらから.

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「コロナ禍」の読み方は?意味は?

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コロナ禍とは|読み方や意味、使い方・「災」との違い・コロナ禍の影響を受けた業界、働き方の変化を解説• 2020年6月30日• , , , , , , ,• この記事では「コロナ禍」の読み方や意味について解説いたします。 感染者や死者が増加の一途を辿る新型コロナウイルスは、その言葉を見聞きしない日がないくらい連日報じられているのは周知の通りです。 その報道の中で、「コロナ禍」という言葉が使われるようになりました。 しかしこの言葉の読み方や意味がよく分からないという人も少なからず見受けられます。 そこで今回は「コロナ禍」の読み方や意味、使い方や報じられ方などをピックアップしてまとめました。 この記事の内容が、コロナ関連のニュースを見聞きする上での参考になれば幸いです。 ・コロナ禍は学生の就職活動にも大きな悪影響を与えている。 新型コロナウイルスによる売上減などを理由に、内定取り消しや会社説明会の中止などが現実として起こっています。 この例の通り、「コロナ禍」は学生の就職活動に大きな悪影響を与えているといえるでしょう。 「禍」と「災」の違い 「禍」と似た意味を持つ言葉として「災」を思い浮かべる人も多いかもしれません。 どちらも同じ意味だと思われるかもしれませんが、厳密には以下のような違いがあります。 ・「災」は防ぎようのない天災 ・「禍」は人為的な努力によって防ぐことができる事柄 上記を踏まえて考えると、新型コロナウイルスは防ぎようのない天災ではなく、政府や医療などの連携や協力によって防ぐことができるものだと解釈できます。 また早期対策を適切に打ち出すことができていれば、これ程まで拡散するものではなかったという見方もできるかもしれません。 なお「口は災いの元」という言葉があるのように、人為的に防ぐことができるものであっても「災」を使うケースが少なからずあります。 したがって言葉の意味や使い分けに対して過度に神経質になる必要もないでしょう。 「コロナ禍」の影響を受けた業界 「コロナ禍」の影響を受けたのはほとんど全業界といっても過言ではありません。 この項目では、その一例として4業界を取り上げました。 飲食業界 新型コロナウイルスは飛沫感染することが確認されているので、近距離で話したり他の人と飲食物を共有したりする飲食店では客足が遠のいている店舗が多く見られます。 中には前月の売上の半分以下になってしまったり、閉店に追い込まれたりした店舗もあるほどです。 採算度外視で破格のキャンペーンを企画したチェーン店もありますが、以前の水準まで客足を戻すまでには至っていないといえます。 特に所帯持ちのサラリーマンは、自身を経由して家族に感染させてしまうというリスクを恐れてまっすぐ帰路に着くという人が多いかもしれません。 宿泊業界 旅館やホテルといった宿泊業界では、海外観光客が大幅に減ったこともあり売上を落とした店舗が多いといえるでしょう。 特に海外観光客の依存度が高かった店舗では、廃業の憂き目にあったというケースも少なくありません。 またイベントやライブなどの自粛もあり、キャンセルが相次いだというケースも見られました。 イベント業界 人が密集したり近距離で接触したりすることから、中止を余儀なくされたイベントは多いでしょう。 チケットの返金対応やイベントに携わる人々の人件費など、関連する問題は山積みです。 そんな中でオンラインでイベントやライブを公開して収益を上げているアーティストやパフォーマーも現れるなど、業界のマネタイズ手段が多様化する一因にはなっているかもしれません。 小売業界 マスクや消毒用のアルコールなどを買い求め、ドラッグストアには毎日のように早朝から長蛇の列ができました。 スーパーでも生産停止による品薄を危惧してトイレットペーパーや食料を買い占めるというケースが多く見られます。 政府や店舗では注意喚起の情報を積極的に発信していますが、冷静さを取り戻させるには至っていないといえるかもしれません。 「コロナ禍」の影響による働き方の変化 「コロナ禍」をきっかけとして、働き方に変化があった例が少なからずあります。 この項目では、その事例として3つピックアップしました。 時差出勤 満員電車による従業員の新型コロナウイルス感染を防ぐことを意図して、出勤時間を前後にずらす「時差出勤」を導入した企業が多く見られました。 特に大都市圏では電車通勤がメインということもあり、より効果を発揮するとされています。 したがって満員電車の解消に一石を投じるきっかけになったといえるでしょう。 リモートワーク・テレワーク・在宅勤務 似た言葉ではありますが、それぞれ少しずつ意味が異なります。 まず「リモートワーク」は「働き方にかかわらず、オフィス外で働くこと」です。 場所は自宅やカフェなど、オフィス外である以外は特に限定されていません。 続いて「テレワーク」とは「離れたところで働くこと」を意味する造語です。 通勤したり会社で人と接したりすることなく、仕事を進めることができます。 そして「在宅勤務」は「自宅で働くこと」で、「テレワーク」の一つです。 インターネットを使ったオンライン会議やメールなどを使ったやり取りなどで仕事をすることで、家にいながら仕事をすることを指します。 オンライン配信 学習塾や英会話教室のように対面して行なっていた授業を、オンライン上で公開したり授業したりするようにしたケースが散見されます。 そうすることによって生徒は他の生徒や講師と近距離で接することなく授業を受けられるというわけです。 また先述のように、ライブやイベントをオンラインで公開することによって広告収入を得るというアーティストやイベンターも出現しました。 「コロナ禍」が収束しても、オンラインでの活動をメインにするという人もいるかもしれません。 まとめ この記事のおさらい ・「コロナ禍」は「ころなか」と読み、「コロナウイルスによってもたらされる不幸」という意味がある ・「災」は防ぎようのない天災なのに対し、「禍」は人為的な努力によって防ぐことができる事柄であるという違いがある ・「コロナ禍」の影響を受けたのはほとんど全業界 ・「コロナ禍」は働き方を変化させるきっかけになったという一面があり、その例として「時差出勤」や「リモートワーク」、「テレワーク」や「在宅勤務」などが挙げられる.

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コロナ禍とは? 読み方と意味

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新型コロナウイルスによる肺炎のため23日に急死した女優の岡江久美子さん(享年63)が、今月6日に容体が急変する前に「コロナかもしれない」と周囲に語っていたことが25日、分かった。 岡江さんは3日に発熱。 その後、都内の自宅で様子を見ていたが発熱とせきが続いていた。 関係者によると、「4日時点で(夫で俳優の)大和田獏さんもコロナを疑っていた」という。 呼吸困難に陥り、緊急搬送されたのは6日朝。 関係者によると、すでに意識が混濁し、入院後すぐに人工呼吸器を装着するほど重症化した。 それでも回復は難しかった」と指摘。 容体が急変する新型コロナの危険性が改めて浮き彫りとなった。 岡江さんは自宅待機中だった5日に知人と会話した際に「よくなってきた。 部屋でじっとしてるね」とかすれた声で話していたという。 我慢強い性格だし、それで症状が悪化したとしたら悲しすぎます」と肩を落とした。 スポニチ本紙の取材で、岡江さんが発熱した3日に、かかりつけ医の診察を受けていたことも分かった。 がん、糖尿病、心臓病、高血圧など、基礎疾患がある人は37・5度以上の発熱が2日続いてから受診を相談するのが現行の指針。 感染症が専門の中原英臣氏(山野美容芸術短大客員教授)は「発症した時点で検査できるマニュアルづくりが速やかに必要だ」と話した。 検査を受けていない状態で急変を事前に察知することの難しさも指摘する。 埼玉県で陽性判定後、自宅待機中に2人が死亡した事例を挙げ「もはや自宅待機で、コロナの急変に個人的に対処するのは不可能」と強調。 「とにかくまずは検査。 陽性者が滞在するホテルの態勢も整ってきているが、医師が24時間常駐しないと劇症化を救う手立てはない」と早急なシステムの見直しを訴える。 岡江さんの死が、改めて医療体制の課題を投げかける形となった。 診察を受けた医師から4~5日様子を見るよう言われ、自宅待機 ・5日夕 自身でコロナ感染を疑う ・6日朝 容体が急変し、都内の大学病院に緊急入院。 集中治療室(ICU)で人工呼吸器を装着 PCR検査で陽性 ・23日午前5時20分 新型コロナウイルスによる肺炎で死去 ・24日午後5時20分 遺骨が自宅に戻る.

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