星野源評判。 星野源の破天荒でヤバい性格!破壊はやりすぎ評判などは?【しゃべくり007】

星野源の英語のスピーチが凄い!英語の発音の評判や学歴は?

星野源評判

歌手で俳優の 星野源の業界内での評判がイマイチのようだ。 一昨年『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)に 新垣結衣と出演し大ブレイクを果たした星野。 今や俳優としても引っ張りだこな上、朝ドラ主題歌まで手がけヒットする好調ぶり。 何をやっても反響が大きい「ビッグコンテンツ」として扱われているが……。 最近星野は「音楽活動に軸足」とのことで、他の仕事には消極的だという。 『逃げ恥』の続編を断った、という話まであるようだ。 「2015年に解散したSAKEROCK在籍時にはメンバーとの関係が崩壊しており、その中心に星野さんがいたなんて話も。 PV撮影中にカメラにきつい口調で指示を出す、過去に交際していたaikoとのコラボを拒否するなど、悪い情報はそれなりにあり『ナルシスト』なんて声も出ていました。 仕事選びに文句をいわれる機会もあるということでしょう。 ただ、星野さんは以前大病を患っていますし、これまでも多忙で何度も倒れたり休養したりということがあります。 無理はしない、ということでは?」(記者) 決して身体が強いというわけではない星野。 評判がイマイチなのは真実なのかもしれないが、それぞれ事情はあるということか。

次の

星野源の態度悪く芸能界で評判悪いと噂、浜野謙太と不仲でSAKEROCK解散? サザンのMVで元彼女aikoと共演オファー拒否?

星野源評判

新しい動きを反映して、昨日の記事に追記する 昨日投稿した記事が、少なくない反響を呼んだ。 とはいえ文中に記したとおり、あの原稿は昨日(12日)の夕刻に書いて発表したものだった。 しかし同日の深夜に星野源サイドで動きがあった。 ゆえに、その 発表内容を踏まえ、ここに追記をおこないたい。 ネット上などにその後に流通した「星野のコメントへの反応」についても、ここでいくつか紹介する。 前回記事を未読のかたは、上記リンクからご参照いただければ幸いだ。 では整理してみよう。 昨夜から本日にかけて、星野源サイドと安倍首相サイド、双方に動きがあった。 星野サイドは前述のとおり。 首相サイドというか政府側は、菅義偉官房長官が13日午前の記者会見で、件の動画は 「いいね、35万超」を集めたと、その反響の大きさを誇示したことがされた。 とはいえ、じつは僕は、星野源の昨夜のコメント内容には、とくになにも感じ入ることはなかった。 事前にほとんど予想できた内容のうち、ごく一部を「当たり障りなく」希釈しただけのように思うほかなかったからだ。 ある種、政治家なんかがよくやる「本質をずらした答え」をなぞってみたかのような。 ともあれ以下、彼のそのコメントを引きながら寸評を加えてみたい。 星野源のコメントを批評する 昨夜(12日深夜)、星野源が自身のインスタグラム・アカウントのストーリーズにひとつの投稿をした。 安倍首相による動画投稿以降の騒ぎを受けての、 初のコメントがそこにあった。 こちらがそれだ。 星野源のインスタグラムより ご覧のとおり、残念ながらこのコメントは、 多くの人々が抱いた疑念に正確に、的確に答えてくれるような種類のものではなかった。 前回の記事に書いたとおり、僕は終始、人気アーティストとしての 彼の社会的責任を問うていたのだが、そうした観点から鑑みてみると、100点満点で20点ぐらいだったろうか。 星野のコメントはこうだった。 「ひとつだけ。 まず最初に指摘しなければならないのは、ここだ。 コメント内で星野は(主語は曖昧にぼやかされているのだが、おそらく)安倍首相サイドから「事前の連絡・確認も事後の連絡・確認もなかった」としているだけだ。 つまりここは 「(首相側から、直接的な)連絡はなかった」と述べているに過ぎない。 だから逆に、意地の悪い見方をすると、 星野が「事前になにも知らなかった」とは書いていない、ことになる。 「安倍首相が動画を投稿することを『事前に知らなかった』」とは、彼は一切書いていない。 たまたまか、わざとか、書いてはいない。 それゆえ、たとえば 以下のような可能性は、完全には排除できないことになる。 たとえば「以前、星野源やスタッフと安倍首相とその側近らが一同に会した機会に『どちらからともなく』首相が投稿したら面白いね、という話になっていた」とか。 とてつもなく大事な「この一言」が、なぜなかったのか? このどちらの例も 「実際にそんなことがあった」可能性はほとんどない、と僕は考える。 だがしかし「絶対になかった」とは、言い切れない。 星野が肝心の一言を発していないからだ。 とても簡単な一言だ。 「首相があの動画投稿をすることは、自分は事前に一切知らなかった」 たったそれだけのことを、 彼はここで明確に言うべきだった。 事実の経緯が、そのとおりならば。 とてもシンプルに、それだけをまず。 湧き出した疑念の数々や「そもそも」論 加えて、このような論旨で文を編んでしまったがゆえに 「さらなる疑惑」が生まれてきた、という声すらある。 文章上のレトリックで「隠そうとしている」だけで、本当に「あったこと」は、こうなんじゃないか?という、うがった見方だ。 たとえば、こんなふうな経緯だったんじゃないか、とか。 たとえば今回の騒動にかんして、立憲民主党の蓮舫参院議員は 「極めて政治性の高い投稿なのに星野さんの事務所、ご本人には事前連絡がないという不見識に言葉を失いました」とこれが「常識的な」反応というものだろう。 要するにあのコメントは、そこかしこで勘所がぼやかされているために「いろんなふうに読まれてしまう」悪文だった、と評するほかない。 多様な解釈や「行間にあること」について、あらぬ深読みをされてもしょうがないようなもの、だったと言えよう。 さらに 「そもそも論」として、こんな意見まであった。 「なぜ星野源は、こんなコメントを発表する『必要』があったのか?」というものだ。 たしかに、そこが一番不思議と言えば、不思議だ。 そもそもの企画、彼の「うちで踊ろう」動画は、本人の意志のもと、フリー素材として提供されたものだ。 「フリー素材だから、誰がどのように使っても自由」ということで、安倍首相が参加したくなるほど(?)多くの人々によって共有され、「コラボ」されて、ネット上に広がっていたものだ。 では「であるのに、なぜ」星野はわざわざ、前述のコメントを出さねばならなかったのか? その理由が「まったくわからない」という声だ。 「誰がどのように使っても自由」なのだから、相手が総理大臣であろうが、「事前や事後の連絡や確認の有無」について、いまさら言及する必要はないはず。 沈黙を貫けばいいだけの話。 たしかに「そもそも論」的には、そのように言われてしまってもしょうがない。 なぜならば、このようにして「フリー素材」として公表してしまった以上「誰に使われても」それを止めることは難しいのだから。 最大の問題点、「言わねばならなかったのに、言わなかったこと」は、これだ もっとも僕は 「書かれたこと」のみから評して、前述したとおり 「事前に知らなかった」ということを明確にしなかった点を「失敗だ」と指摘するのみだ。 それ以上の深読みは、僕以外の人にお任せしたい。 コメントにおける、 二番目に重大な問題点はそこにあったわけだから。 では 一番目の問題点、最大の問題点は、というと、僕の考えでは、これだ。 この件に関心を持った(あるいは、動揺した)多くの人々が最も聞きたかった点について、星野源が 「完全に黙殺した」という点だ。 まさか、彼の耳や目に入らなかった、とは考えられない。 それは不可能だ。 星野のつね日ごろの政治信条はさて置いても(そこは秘したとしても)現下の状況がこうなのだから、安倍首相が指揮する新型コロナ対策を星野が 「支持しているのか、どうか」この一点については、絶対的に明らかにする必要があった。 なぜなのか、その理由は僕にはまったくわからない。 前回の記事の感想を、星野源ファンと思しき幾人かの人から、僕は聞く機会があった。 少なくともその範囲内では、「安倍首相によるコラボ」を 心よく受け取った人はいない様子だった。 それどころか、心中穏やかならざる人ばかり、のようにすら感じられた。 おそらく星野源のファンのなかには、安倍首相の今回の「コラボ」を歓迎する気にはなれない「少なからぬ数の人々」がいた、ということは言えるのではないか。 ゆえに本来であれば、星野は、こうしたファンに対して、 「当然の義務」を果たす責任があった。 必要最低限の釈明をするべきだった。 しかし彼のコメントは、肝心要のところでそのニーズを満たせるものではなかった、と僕は判じるほかなかった。 アーティストには、こうした件をファンにきちんと説明する義務がある さらに 「たられば」で言うならば、安倍首相のこの行動を逆手に取って、星野は大胆な行動を起こすことだってできたはずだ。 たとえば、 首相と直談判するとか(時節柄、Zoom談判か)。 いくらフリー素材の企画であろうが、 一国の首相、為政者に「無断で」動画を使われたのだから。 その意味は、とてつもなく大きい。 この事実を、「一般人や芸能関係者がコラボ企画で遊んだ場合」と同じようにあつかう人など、世界中どこの国を探してもいないはずだ。 実際、もこうして全世界に配信している。 ロイターより つまり、これほどのことを為政者がやったのだから、 その代償として星野のほうから首相に、なにか要求することだって「できた」かもしれないと僕は考えるのだ。 これは、それほどおかしな見方ではないはずだ。 だから僕は夢想するのだ。 「もし星野源が」あの動画をとっかかりに、安倍首相に直談判をして、 これらの人々への的確な救済措置を「やってくれ」と頼んだなら。 そして首相が「わかりました」と応える、というパフォーマンスがもしあったなら……いまのこの悲惨きわまりない状況は、多少は改善できたかもしれない、と。 もしそんなことがあったなら、 星野源はヒーローになれたのに、と思う。 返す返す、この点を僕は最も残念に思う。

次の

星野源はスタッフの評判悪くナルシスト!女癖も悪いって本当?

星野源評判

新しい動きを反映して、昨日の記事に追記する 昨日投稿した記事が、少なくない反響を呼んだ。 とはいえ文中に記したとおり、あの原稿は昨日(12日)の夕刻に書いて発表したものだった。 しかし同日の深夜に星野源サイドで動きがあった。 ゆえに、その 発表内容を踏まえ、ここに追記をおこないたい。 ネット上などにその後に流通した「星野のコメントへの反応」についても、ここでいくつか紹介する。 前回記事を未読のかたは、上記リンクからご参照いただければ幸いだ。 では整理してみよう。 昨夜から本日にかけて、星野源サイドと安倍首相サイド、双方に動きがあった。 星野サイドは前述のとおり。 首相サイドというか政府側は、菅義偉官房長官が13日午前の記者会見で、件の動画は 「いいね、35万超」を集めたと、その反響の大きさを誇示したことがされた。 とはいえ、じつは僕は、星野源の昨夜のコメント内容には、とくになにも感じ入ることはなかった。 事前にほとんど予想できた内容のうち、ごく一部を「当たり障りなく」希釈しただけのように思うほかなかったからだ。 ある種、政治家なんかがよくやる「本質をずらした答え」をなぞってみたかのような。 ともあれ以下、彼のそのコメントを引きながら寸評を加えてみたい。 星野源のコメントを批評する 昨夜(12日深夜)、星野源が自身のインスタグラム・アカウントのストーリーズにひとつの投稿をした。 安倍首相による動画投稿以降の騒ぎを受けての、 初のコメントがそこにあった。 こちらがそれだ。 星野源のインスタグラムより ご覧のとおり、残念ながらこのコメントは、 多くの人々が抱いた疑念に正確に、的確に答えてくれるような種類のものではなかった。 前回の記事に書いたとおり、僕は終始、人気アーティストとしての 彼の社会的責任を問うていたのだが、そうした観点から鑑みてみると、100点満点で20点ぐらいだったろうか。 星野のコメントはこうだった。 「ひとつだけ。 まず最初に指摘しなければならないのは、ここだ。 コメント内で星野は(主語は曖昧にぼやかされているのだが、おそらく)安倍首相サイドから「事前の連絡・確認も事後の連絡・確認もなかった」としているだけだ。 つまりここは 「(首相側から、直接的な)連絡はなかった」と述べているに過ぎない。 だから逆に、意地の悪い見方をすると、 星野が「事前になにも知らなかった」とは書いていない、ことになる。 「安倍首相が動画を投稿することを『事前に知らなかった』」とは、彼は一切書いていない。 たまたまか、わざとか、書いてはいない。 それゆえ、たとえば 以下のような可能性は、完全には排除できないことになる。 たとえば「以前、星野源やスタッフと安倍首相とその側近らが一同に会した機会に『どちらからともなく』首相が投稿したら面白いね、という話になっていた」とか。 とてつもなく大事な「この一言」が、なぜなかったのか? このどちらの例も 「実際にそんなことがあった」可能性はほとんどない、と僕は考える。 だがしかし「絶対になかった」とは、言い切れない。 星野が肝心の一言を発していないからだ。 とても簡単な一言だ。 「首相があの動画投稿をすることは、自分は事前に一切知らなかった」 たったそれだけのことを、 彼はここで明確に言うべきだった。 事実の経緯が、そのとおりならば。 とてもシンプルに、それだけをまず。 湧き出した疑念の数々や「そもそも」論 加えて、このような論旨で文を編んでしまったがゆえに 「さらなる疑惑」が生まれてきた、という声すらある。 文章上のレトリックで「隠そうとしている」だけで、本当に「あったこと」は、こうなんじゃないか?という、うがった見方だ。 たとえば、こんなふうな経緯だったんじゃないか、とか。 たとえば今回の騒動にかんして、立憲民主党の蓮舫参院議員は 「極めて政治性の高い投稿なのに星野さんの事務所、ご本人には事前連絡がないという不見識に言葉を失いました」とこれが「常識的な」反応というものだろう。 要するにあのコメントは、そこかしこで勘所がぼやかされているために「いろんなふうに読まれてしまう」悪文だった、と評するほかない。 多様な解釈や「行間にあること」について、あらぬ深読みをされてもしょうがないようなもの、だったと言えよう。 さらに 「そもそも論」として、こんな意見まであった。 「なぜ星野源は、こんなコメントを発表する『必要』があったのか?」というものだ。 たしかに、そこが一番不思議と言えば、不思議だ。 そもそもの企画、彼の「うちで踊ろう」動画は、本人の意志のもと、フリー素材として提供されたものだ。 「フリー素材だから、誰がどのように使っても自由」ということで、安倍首相が参加したくなるほど(?)多くの人々によって共有され、「コラボ」されて、ネット上に広がっていたものだ。 では「であるのに、なぜ」星野はわざわざ、前述のコメントを出さねばならなかったのか? その理由が「まったくわからない」という声だ。 「誰がどのように使っても自由」なのだから、相手が総理大臣であろうが、「事前や事後の連絡や確認の有無」について、いまさら言及する必要はないはず。 沈黙を貫けばいいだけの話。 たしかに「そもそも論」的には、そのように言われてしまってもしょうがない。 なぜならば、このようにして「フリー素材」として公表してしまった以上「誰に使われても」それを止めることは難しいのだから。 最大の問題点、「言わねばならなかったのに、言わなかったこと」は、これだ もっとも僕は 「書かれたこと」のみから評して、前述したとおり 「事前に知らなかった」ということを明確にしなかった点を「失敗だ」と指摘するのみだ。 それ以上の深読みは、僕以外の人にお任せしたい。 コメントにおける、 二番目に重大な問題点はそこにあったわけだから。 では 一番目の問題点、最大の問題点は、というと、僕の考えでは、これだ。 この件に関心を持った(あるいは、動揺した)多くの人々が最も聞きたかった点について、星野源が 「完全に黙殺した」という点だ。 まさか、彼の耳や目に入らなかった、とは考えられない。 それは不可能だ。 星野のつね日ごろの政治信条はさて置いても(そこは秘したとしても)現下の状況がこうなのだから、安倍首相が指揮する新型コロナ対策を星野が 「支持しているのか、どうか」この一点については、絶対的に明らかにする必要があった。 なぜなのか、その理由は僕にはまったくわからない。 前回の記事の感想を、星野源ファンと思しき幾人かの人から、僕は聞く機会があった。 少なくともその範囲内では、「安倍首相によるコラボ」を 心よく受け取った人はいない様子だった。 それどころか、心中穏やかならざる人ばかり、のようにすら感じられた。 おそらく星野源のファンのなかには、安倍首相の今回の「コラボ」を歓迎する気にはなれない「少なからぬ数の人々」がいた、ということは言えるのではないか。 ゆえに本来であれば、星野は、こうしたファンに対して、 「当然の義務」を果たす責任があった。 必要最低限の釈明をするべきだった。 しかし彼のコメントは、肝心要のところでそのニーズを満たせるものではなかった、と僕は判じるほかなかった。 アーティストには、こうした件をファンにきちんと説明する義務がある さらに 「たられば」で言うならば、安倍首相のこの行動を逆手に取って、星野は大胆な行動を起こすことだってできたはずだ。 たとえば、 首相と直談判するとか(時節柄、Zoom談判か)。 いくらフリー素材の企画であろうが、 一国の首相、為政者に「無断で」動画を使われたのだから。 その意味は、とてつもなく大きい。 この事実を、「一般人や芸能関係者がコラボ企画で遊んだ場合」と同じようにあつかう人など、世界中どこの国を探してもいないはずだ。 実際、もこうして全世界に配信している。 ロイターより つまり、これほどのことを為政者がやったのだから、 その代償として星野のほうから首相に、なにか要求することだって「できた」かもしれないと僕は考えるのだ。 これは、それほどおかしな見方ではないはずだ。 だから僕は夢想するのだ。 「もし星野源が」あの動画をとっかかりに、安倍首相に直談判をして、 これらの人々への的確な救済措置を「やってくれ」と頼んだなら。 そして首相が「わかりました」と応える、というパフォーマンスがもしあったなら……いまのこの悲惨きわまりない状況は、多少は改善できたかもしれない、と。 もしそんなことがあったなら、 星野源はヒーローになれたのに、と思う。 返す返す、この点を僕は最も残念に思う。

次の