ギリシャ 神話 テセウス の 船 と は。 テセウスの船とは実話?分かりやすく意味をパラドックスやギリシャ神話も解説

テセウスの船

ギリシャ 神話 テセウス の 船 と は

こんにちは、今日はギリシャ神話の英雄テセウスについてお話します! テセウスは ミノタウロス退治で有名な英雄でもあります。 アテナイの伝説的な王様でした。 彼のもっとも有名なエピソードは ミノタウロス退治でしょう。 他にも人間を苦しめる様々な怪物を退治しているので、正義感が強い男と言えます。 テセウスの簡単なプロフィール ではイメージがしやすいように、箇条書きにしてみます。 アテナイの王アイゲウスの子(ポセイドンとされる伝説もある)• 巨大な岩を動かせる怪力をもつ• アイゲウスに認知してもらうための道中で怪物や山賊を倒しまくる• ミノタウロスを退治した• アルゴナウタイの一人 と、簡単な略歴でした。 テセウスは父アイゲウスのもとではなくトロイゼンで育てられました。 なので、父に自分を子どもだと認めさせるために16歳のとき旅だちます。 安全な陸路で行くことも可能でしたが、あえてテセウスは危険な道のりを歩みます。 「人間を苦しめている怪物を退治しておこう!!」 「自分たちがどんだけ酷いことをしていたかその身にわからせてやろう」 と、人間がされてきたことをテセウスは同じように怪物や山賊へ仕返します。 アテナイへの最後の旅で出会うプロクルステスがいい例ですね。 プロクルステスは旅人を寝台に合うようにして殺すという恐ろしい山賊です。 (寝台の大きさに足りなければ手足を伸ばし、はみ出れば切断するという……) テセウスはプロクルステスの頭と足を切断しました。 えっ…それもうし…げふっ それはともかく、テセウスのエピソードは全て英雄然としています。 ミノタウロス退治 アイゲウスに認知され、アテナイにいたテセウスはとんでもないことを知ります。 毎年、少年少女7人がミノタウロスの生贄にされている……と。 本来はミノス王が送るべきなのですが、支配下に置いているアテナイに肩代わりさせていました。 テセウスは義憤を感じ、自ら生贄に志願します。 もちろん、父アイゲウスは反対をしたのですが押し切って出かけてしまいます。 ミノタウロスが怪物だったのもありますが、迷宮(ラビュリントス)に入ってしまうのも心配だったに違いありません。 なにしろ、生きて帰ってこれないと言われていたのですから。 テセウスはミノス王の娘アリアドネから短剣と糸玉を渡されます。 生贄たちとラビュリントスへ入ったテセウスはミノタウロスを打倒します。 そして、アリアドネから渡されていた糸を辿って無事に生還しました。 テセウスの船とは? パラドックスの一つです。 テセウスの船が有名、とかそういうことではないんですね。 アイデンティティの問題です。 ミノタウロス退治から生還したときの船がもとになっています。 帰還した船には30本の櫂があったのですが、朽ちていった部品を取り換えていきました。 すると、 その全部品が新しいパーツになったときはそれでもテセウスの船といえるのか…? という哲学問題です。 非常に議論の的となりやすい問題ですね。 まとめ 神話に詳しくなくてもミノタウロスを退治した人、といえばテセウスの強さは伝わるのではないでしょうか。 また、テセウスはアルゴナウタイ(アルゴー船のメンバー)でもありました。 以前にとり上げたイアソンとも関わりがあるわけですね。 ヘラクレスが抜けたあとの主力メンバーだったのでしょう。 困っている人を見捨てておくことができない英雄、といったエピソードが多かったですね。 (女性関係はちょっと別) 代表的なギリシャ神話の英雄でした!.

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スポンサーリンク ドラマ「テセウスの船」の意味・由来は? 「この船は最初の船と同じと言えるのだろうか」 一緒に戦い命がけで家族を守ってくれた心 いまこうして目の前に居る、何も知らない幸せそうな心 テセウスの矛盾が文吾の中によぎるのは、31年前のあの時の心も、息子として文吾は愛しているから「同じ船」と言いたくない心への想い — roomno. 9 9Roomno ドラマテセウスの船の意味や由来をまず見ていきましょう 「テセウスの船」の意味・由来はパラドックス テセウスの船という言葉が持つ意味由来はパラドックスです。 パラドックスとはギリシャ語で矛盾や逆説ジレンマを意味する言葉です。 ぱっと見は間違っていそうなのに本当は正しい説また正しく見えるのに正しいとは認められない説のことを言います。 足の速いアキレスが歩くのが遅い亀を追いかけても亀に追いつくが追いつくことができないというパラドックスです。 足が速い人間であるアキレスが亀に追いつけないはずはないのですがアキレスが亀に追いついた時、亀は必ず前進しています。 そのためアキレスと亀の距離は永遠に縮まることがなく亀は常に前を歩いているというパラドックスです。 ドラマ「テセウスの船」が始まりました テセウスとはギリシャ神話のアテナイの王です 「テセウスの船」という哲学がタイトルになったこのドラマ!ドキドキします! — GreekRestaurant ギリシャ料理スピローズ蒲田 SpyrosTokyo 船を修理することを繰り返して船の部品がすべて最初に使用したものと入れ替わったとします。 その場合その船は最初と同じ船と言えるのでしょうか? 部品は同じなので同じ船なのか? それとも部品は全部違うので別の船なのか。 これがテセウスの船のパラドックスです。 うなぎのたれは何十年、何百年と継ぎ足し使われます。 味や使用している材料は同じだけど全く同じものではありませんよね。 このたれは果たして同じものなのか、違うものなのか。 どちらでしょうか。 スポンサーリンク 「テセウスの船」がドラマのタイトルになった理由は? 親子 — 鈴木亮平 ryoheiheisuzuki なぜドラマで「テセウスの船」がタイトルになったのかその理由を考察していきます。 理由は「テセウスの船」が家族のパラドックス? ドラマテセウスの船はパラレルワールドが起きたことによる家族のパラドックスをテーマにしているのではないでしょうか? テセウスの船では佐野心が過去に戻り父が起こしたとされる事件の真相を探る中で複数の過去が変わります。 その中でも「家族の変化」を描いているように感じます。 「テセウスの船」ドラマのパラドックスの内容は? テセウスの船のドラマで起きたパラドックスとは何なのかまとめていきます。 ドラマでは心がタイムスリップしたことで多くの過去が変わりました。 2回目のタイムスリップで変わったこと: ・父文吾が無罪になる ・佐野家のみんなが幸せに生きる未来になる ・タイムスリップしてきた心が刺されて死んだ この中で大きな要素として「タイムスリップしてきた心が刺されて死んだ」ことが挙げられます。 未来からきた心が死んだことで、過去の心たちは幸せな未来を歩むことになります。 さらにその世界でも心は由紀と出会いました。 同じ人間・同じ家族だけど父文吾の目の前にいる心は数十年前に自分の目の前にいた心とは別の人物なのか、同じ人物なのか。 ここがパラドックスですよね。 父文吾は未来からきた心の指輪を持ち大切にしてました。 それは未来の心と今目の前にいる心は別の人物で自分のために命を落とした未来からきた心のことを忘れないようにするためでしたよね。 文吾は未来からきた心の書いた家系図を見て心が将来子どもを持ち『未来 みく 』と名付けることを知っていました。 ツッコミどころ満載過ぎて、それを楽しむ視聴スタイルに変わりつつあったんだけど…。 家系図書いてるところで涙腺崩壊…。 家族がいて、普通でいることがどんなに幸せなことか、と。 — Rlcb rlcbrlcb 文吾が過去軸の心に「子供の名前を未来にしたい。 」と話すと心は「それ俺がつけたかった名前!」と驚くシーンがありました。 未来と過去の心が同じ思考・考えでいるのが現れたシーンでしたよね。 この2人の心の存在を知っているのは文吾だけ。 切なくなるラストでした。 もう1つ気になるのは未来の由紀ではないでしょうか? 心の1回目のタイムスリップで未来軸の由紀は本来の未来では出産で死んだ由紀は生きていました。 過去に戻る心が由紀に指輪を渡し、由紀は心を待っていると伝えましたね。 この世界軸の由紀はずっと心を待ち続けることになるのでしょうか。 それを思うと涙がでてきます。 「テセウスの船」心と由紀のパラドックスとは? 歴史が変わっても起こると決まっている未来は変わらないという考え方があります。 未来の心の世界軸では心が過去を変えたことで、由紀と結婚していないで別々の人生を歩む未来に変わっていました。 しかし、その世界軸でも2人は出会い、恋をします。 心が過去を変えたあと出会った由紀は同じ由紀なのでしょうか? 違う環境で生きた時間があるので別の由紀なのか、同じ由紀なのか。 見た目の雰囲気も変わっています。 ギリシャ神話の英雄テセウスの船を、朽ちた部分を取り替えては長らく大切に保管してきた。 おや、全ての部品が取り替えられたこの船は、もはやテセウスの船と言えるのか?というはなし。 つまりAKB48とか、100年継ぎ足した秘伝のタレみたいなことなのか。 — mameko mamekolwwh 今夜の由紀や鈴の言動を見ると、テセウスのパラドックスの答えが出てるような気がする。 船の骨組みが変わらなければ外見を張り替えたとしても同じと言えるのではないか。 すなわち、魂は、いくら環境や外見を変えたとしても、その本質は変わらないだと。 — 優雨 personaonesta25 何度も「テセウスの船」を見てしまう。 真犯人が誰かということより『田村心』が「テセウスの船のパラドックス」であったことの方が心に刺さってしまった。 古い記憶は薄れていくけど無くなることはないと指輪が教えてくれてる場面は涙腺崩壊。 毎週のように泣き疲れるドラマだったけど見て良かった。 — 青田紗知《幸田珀侑》 sachi091820 「テセウスの船」(ドラマ)、タイムパラドックスとか、説明されていない事象とか、気になる点は数多あるけれど、結果として心さんの働きで父・文吾さんの冤罪が晴れ、世界線が変わった後でも、かつての「心」さんの「こころ」が新たな心さんに継承されていくという、本当に素敵なお話でした。 どちらもテセウスの船なのだと。

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ギリシャ 神話 テセウス の 船 と は

「テセウスの船」と言う話をご存知でしょうか?同名のコミックがあったり、竹内涼真主演のテレビドラマがあったりするので、この言葉はお聞きになった方が多いと思います。 ただ、元々の話は、いわゆる思考実験もしくはパラドックスと呼ばれているものです。 前に「」「」「」という思考実験の記事を書きましたが、これも興味深い思考実験です。 そこで今回は思考実験「テセウスの船」についてわかりやすくご紹介したいと思います。 1.思考実験「テセウスの船」 (1)「テセウスの船」とは 「テセウスの船」はパラドックスの一つで、「テセウスのパラドックス」とも呼ばれています。 「ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられた時、過去のそれと現在のそれとは「同じそれ」だと言えるのか否かと言う問題(同一性の問題)」です。 テセウス(ギリシャ神話に登場するアテナイの王で、国民的英雄。 ミノタウロスを退治したことで有名)が、アテナイの若者とともに、クレタ島から帰還した船には30本の櫂があり、アテナイの人々はこれを大切に保存していました。 しかしその船は年月を経るごとに朽ちていくため、朽ちた部分の木材は徐々に新たな木材に取り換えられていきました。 では、その船の木材が全て新しいものに取り換えられてしまったとして、それは本当に「テセウスの船」なのでしょうか? 論理的な問題から哲学者らにとって恰好の議論の的となりました。 すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張したのです。 プルタルコスは、この哲学船の思考実験において、「全ての船の部品が新しいものに取り換えられてしまったとして、それは本当にテセウスの船なのか?」という問題のほかにも、そこから派生して「逆に抜き取られた古い木材を集めて、もう一度新しい船を作ったとして、それはテセウスの船と呼べるのか?」と言う問題も投げかけています。 540年頃~B. 480年頃?)は、同一性に関して独自の視点を持っていました。 人々が同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている。 プルタルコスは、ヘラクレイトスの言葉として「同じ川に二度入ることはできない」と引用しています。 これは鴨長明の「方丈記」冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と同じ考え方ですね。 すなわち「刃の部分は3回交換され、柄は4回交換されているが、同じ古い斧である」というわけです。 (3)実例 一番わかりやすい実例は、人間の体を構成する細胞です。 人間の細胞は日々入れ替わっています。 肌の細胞は約1カ月で全て入れ替わるそうです。 成人の人体では細胞の平均寿命は10年以下とされています。 こうして生まれ変わったあなた(または私)の体は、果たして過去と全く同じと言えるでしょうか? 答えは明らかで、「細胞が全て入れ替わっても、あなた(または私)と言う存在は同一だ」ということです。 細胞が入れ替わるのは、その人間の「成長ないし老化」によるもので、全く別の人間に入れ替わるものではありません。 このほかに少し微妙な実例としては、次のようなものがあります。 (1)アリストテレスの「四原因説」 アリストテレスは、全ての事物の在り方は、「質量因」「形相因」「動力因」「目的因」の四原因で説明できると考えました。 ・質量因:何でできているか ・形相因:どんな形をしているか ・動力因:誰がどのように作ったか ・目的因:何のために作ったか アリストテレスは、テセウスの船で重要なのは、物の見た目である「形相因」が重要であるとして、修理を繰り返したテセウスの船ですが、見た目は変わらないため「同一と言える」と結論付けています。 ちなみに「質量因」から見ると同一ではありませんが、「動力因」「目的因」から見ると同一と言えます。 (2)「同じ」の定義・質か数か 「同じ」と言う概念は、「質的」と「数的」の二つに分けられます。 テセウスの船は、徐々に部品交換されて「質的」には変わってしまっていますが、「テセウスの船」と呼ばれ続けた船は、当時から現在まで1隻しかなく、「数的」には同一のものと言えます。 ヘラクレイトスの川は、「質的」には同一ですが、「数的」には同一ではありません。 (3)「四次元主義」 この船は修理を重ね、パーツが入れ替わっていっても、過去から現在のどの時点においても「テセウスの船」としてあり続けました。 仮に「テセウスの船」でないと言うのであれば、一体どの時点から「テセウスの船」でなくなったのかと言う疑問が生じます。 空間的な広がりを示す3次元に対して、4次元は時間的な広がりを示す言葉です。 一瞬一瞬の時間を区切って考えた(タイムスライス)時、一つ前の「テセウスの船」は一つ後の「テセウスの船」は別物です。 しかし一連のタイムスライスをまとめて考えると、最初から現在まで「テセウスの船」としてずっとあり続けているため、パーツが入れ替わっても同一のものということになります。 この考え方が、私には一番説得力があるように思います。 (4)価値から考える「構造主義」 これは物事の仕組みや構造を考え、本質をとらえようとする考え方で、「構造主義」と呼ばれることがあります。 「テセウスの船」としてパーツを取り換える前と同じように保管され、使用されているのであれば同じものであるという結論になります。

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